夢幻庵とは
自然と命を大切にする、物語のような農場
命と向き合う場所として
夢幻庵は、
卵をつくるための場所ではありません。
ここは、
命とどう向き合い、
どうすれば穏やかに、幸せに過ごせるのかを、
毎日問い続ける場所です。
効率や数ではなく、
「この命が、どんな時間を生きているか」。
その答えを、
人の都合で決めつけないこと。
それが夢幻庵の出発点です。
環境 ― 命が本来の振る舞いを取り戻すために
夢幻庵の鶏たちは、
檻の中ではなく、自然の中で暮らしています。
木々に囲まれ、
土を踏み、
風を感じ、
虫を探し、
陽の向きを選ぶ。
それは「放し飼い」という言葉だけでは
語りきれない環境です。
鶏が本来持っている行動や感覚を、
人の都合で奪わないこと。
環境そのものが、命を育てる一部だと考えています。
水 ― 命を支える、当たり前の土台
夢幻庵で使っている水は、
ただの湧水ではありません。
日本でも限られた場所にしか残っていない、
原生的な照葉樹林。
長い時間をかけて育まれた森が、
土を整え、
雨を受け止め、
ゆっくりと地中に沁み込ませた水です。
森が水を育て、
水が命を支える。
夢幻庵では、
その循環の中にある水を、
何も足さず、何も引かずに使っています。
餌 ― 与えるものではなく、仕込む時間
夢幻庵では、
餌を単なる栄養補給とは考えていません。
餌は、
命を仕込む時間だと考えています。
米糠を発酵させ、
菌を育て、
おからへと移し、
さらに時間をかけて整える。
三段階発酵飼料は、
効率のための方法ではありません。
手間と時間を引き受け、
命と向き合うための選択です。
烏骨鶏 ― 繊細な命と向き合うということ
夢幻庵で育てているのは、烏骨鶏です。
烏骨鶏は、環境の変化に敏感で、
手間も時間もかかる鶏です。
けれどその分、
一滴の雫が溜まるのを待つように、
長い時間をかけて、ようやく一粒の卵を紡ぎます。
殻は小さく、見た目は控えめ。
その中には、
ぎゅっと凝縮された命の力があります。
夢幻庵では、
この烏骨鶏の卵を、
烏骨鶏からの贈り物だと考えています。
心身が解き放たれ、
命としての喜びが満ちたとき、
はじめて自然と託されるもの。
それが、
夢幻庵の烏骨鶏の卵です。
言葉では語りきれない日常
夜明けの静寂、
風に揺れる草木の音、
そして命の息遣い。
文章には収まりきらない、夢幻庵のありのままの時間を映像に記録しました。
画面越しに、この場所を流れる空気を感じていただければ幸いです。